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東京地方裁判所 平成7年(ワ)11290号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金三億円及びこれに対する平成六年八月二日から平成七年一月二七日までは年六・九パーセント、同月二八日から支払済みまでは年一四・六パーセントの各割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求

主文同旨

二  事案の概要

1  争いのない事実

(一)  金融取引約定の成立

原告と株式会社大英管工事(以下「大英管」という。代表者は甲野一郎(以下「甲野」という)である)は、平成元年八月一日証書貸付契約等に関する基本事項の合意(以下「本件基本合意」という)をしたが、その中で、同会社が原告に対する借受金債務の履行を一部でも遅滞したときは、原告の請求により期限の利益を喪失する旨合意した。

(二)  金銭消費貸借契約の成立

原告は、大英管に対し、平成元年八月四日、右基本合意に基づき四億三〇〇〇万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件消費貸借契約」といい、右契約に係る同会社の借受金債務を「本件借受金債務」という)。

(1) 弁済期 平成六年八月三一日を第一回とし、以後平成二六年六月三〇日まで毎月末日限り一七九万二〇〇〇円、同年七月三一日限り一七一万二〇〇〇円の分割弁済とする。

(2) 利息 年七パーセント(年三六五日の日割計算)

ただし、右利率はその後何回か改定され、平成六年一月五日からは年六・九パーセントとする旨合意されている。

(3) 利息の支払方法 平成元年八月四日限り同年一〇月三一日分まで前払、以後毎月末日限り翌月分前払

(4) 期限後の損害金 年一四・六パーセント(年三六五日の日割計算)

(三)  弁済期の到来

大英管は、平成六年七月一八日に同年八月一日分までの利息を支払ったが、その後の元利金の支払を怠った。そこで、原告は大英管に対し平成七年一月一九日到達の書面をもって、同月二七日までに遅滞に係る元利金を支払うよう催告した。しかし、同会社は右催告期限を経過しても催告に係る元利金を支払わず、本件基本合意に係る約定により期限の利益を喪失し、残債務について一括弁済期が到来した。

(四)  大英管の経営破綻と被告の設立

大英管は、昭和五二年に設立されたガス管配管工事、給排水工事等を目的とする会社であったが、平成三年ころから徐々に不況の影響を受けるようになり、平成六年ころには大幅な債務超過に陥り、本件借受金債務についても同年八月分からは利息の支払もできない経営状況に陥っていた。

被告はこのような状況の下で、大英管の建直しを図る目的で同年一〇月三日設立されたものであるが、同会社と営業目的が同一であり、登記簿上も実際上も本店所在地が同一場所であり、従業員及び取締役(甲野の妻である甲野花子を除く。また、大英管の監査役が被告の代表者に就任している)の人的構成もほぼ同一であり、取引先も同一であり、同会社の資産(債務の点はしばらくおく)はすべて被告に承継されているというものである。

2  原告の主張

(一)  被告の本件借受金債務の重畳的債務引受

(1) 経営危機に陥った大英管は、合併等を含む企業売却の方法を株式会社ニチガとの間で模索していたが、大英管の株主構成の問題から頓挫のやむなきに至った。

そこで、右企業売却の代案として被告を設立することで右経営危機を乗り切る方法が採用された。すると、合併等の方法による企業売却の場合に旧会社の債務が引き継がれることは経済界の常識である以上、その代案たる新会社設立という方法においても新会社が旧会社の債務を引き継ぐことを当然の前提としていたことが明らかである。

(2) そして、新会社が旧会社の債務を引き継ぐことを前提としていたからこそ、関係者は次のような行動を採ったものである。これは重畳的債務引受の明示ないし黙示の意思表示と解することができる。

ア 被告は、支援金融機関であるさくら銀行や原告に対して、債務を引き継がない形態で新会社を設立する旨の連絡をしていない。

イ かえって、被告は、原告に新会社設立の案内を送付して、大英管(旧会社)の業務を被告(新会社)がそのまま引き継ぐことを表示している。

ウ 原告が大英管の債務弁済について電話で問い合わせたところ、同会社の経理部長であり、かつ、被告の代表者松本淳(以下「松本」という)は被告設立の前後を通じて、本件借受金債務の弁済方法について協議に応じている。

(3) また、大英管の代表者であった甲野は「実質同体のものを……新会社が保証することについて否定するのは実は私もおかしいと思っているんですよ」と発言しているが、このことは、甲野が被告設立当時にも、被告が本件借受金債務を重畳的に引き受けるという認識でいたことを裏付ける。

(4) 以上の事実に照らすと、被告はその設立に際して本件借受金債務を含めて大英管の抱える債務をすべて重畳的に引き受けたものと解するのが取引上の信義則に叶う合理的な解釈というべきである。

(二)  法人格否認

仮に、被告が当初から大英管の本件借受金債務を引き継がないことを前提にして設立されたものであるとすれば、被告は、大英管の代表取締役である甲野が右債務を免れる目的で設立したものということができ、法人格否認法理が適用されるべきである。そして、被告と大英管が同一の会社であることは、次の事情から明らかである。

(1) 大英管と被告は、本店・事務所の所在地、事業目的、事業内容、従業員、取引先、設備等を全く同一にしており、また、大英管の取締役及び監査役は甲野の妻である甲野花子を除き全員被告の取締役に就任している。また、大英管名義で受注した工事はすべて被告において行っている。

(2) さらに、資金提供者である日綜産業株式会社から大英管への融資は被告を迂回して行うという形式が採られているところ、これは大英管の利益を被告に吸収させるための措置ということができ、新旧会社の混同を顕著に示すものである。

3  被告の主張

(一)  原告と被告ないし大英管の関係

原告は、さくら銀行系列のいわゆるノンバンク金融機関であるが、経営危機に瀕した大英管に対し、他の金融機関が融資を差し控えていたにもかかわらず、その業績現状及び将来の見通しを検討することもなく、さくら銀行として融資できない四億三〇〇〇万円もの融資を、単に大英管所有の本店所在地であり工場所在地である土地、右土地上の社屋、工場等の建物(以下「本件不動産」という)価格のみに着目して、これに極度額右同額の根抵当権(以下「本件担保権」という)を設定して、右融資を実行したものである。

(二)  重畳的債務引受の主張について

(1) 一般に倒産の危機に面した会社が新会社を設立して整理又は再建をする場合、形式が何であれ旧会社の債務をそのまま引き継ぐのであれば新会社設立の意味はなく、かかる形式の設立はあり得ないことである。通常は、新会社を設立して営業を継続し利益を上げることを目的とし、旧会社の債務については別途債権圧縮若しくは長期分割等を合意し、その範囲内で新会社との間に重畳的債務引受ないし保証契約を締結する。

(2) 本件も例外ではない。被告設立の過程で、原告から本件借受金債務について保証や重畳的債務の引受けの要請があったが、被告はいずれもこれを拒絶している。旧会社たる大英管の代表者甲野が右交渉過程で、被告において重畳的債務の引受けをすべきであるとの発言をしているが、そうであるからといって、明示、黙示のいずれにせよ、被告が右債務を引き受けたことにはならない。

(3) 原告もさくら銀行も被告と大英管の負債のカット、一定期間の支払猶予、限度保証等の交渉を重ねていたのであり、原告の主張は右事実経過とも相入れないものであり、許されない。

(三)  法人格否認の法理の適用について

原告の法人格否認の法理は、法人格を法律の適用を回避するために濫用するものであり、被告の独立の法人格は認められないというものと解される。

しかし、被告の設立は何ら大英管の本件借受金債務を免れるためにしたものではないし、原告は右設立により実際に貸付金債務の回収が不能若しくは減少あるいは著しくその回収手続が困難となったというものでもない。被告の設立は、かえって大英管による長期的な弁済を企図したものであって、法律回避や濫用の事実はなく、現在の回収困難な状況は被告の設立とは何の関係もなく、単にバブル崩壊により不動産価格が極度に下落し、担保割れを生ずるに至ったからにすぎず、右濫用に該当する事由はない。

(四)  大英管の旧来の取引銀行は千葉興業銀行(取扱支店・行徳支店)であったが、一括負債整理による同銀行との取引解消を目的として、さくら銀行が新規介入し、系列のノンバンクとして原告を紹介され、取引が開始し、本件不動産の価値のみに着目して本件消費貸借契約が締結されるなどしたものである。

以上の経緯の下では、原告は、本件担保権の実行により、その範囲内で自己の債権の回収を図るべきものであって、それ以上の要求など容れられるべくもない。原告の大英管に対する前記貸付金債権は、貸付当初から現在まで、本件不動産の価格以上のものでもないし、以下でもないのであって、何ら変わるところはない。変わったのはバブル崩壊による右担保不動産の価格が下落した点だけである。

三  裁判所の判断

1  大英管が原告に対し、本件消費貸借契約に基づき本件借受金債務四億三〇〇〇万円の内金三億円及びこれに対する平成六年八月二日から平成七年一月二七日までは年六・九パーセントの、同月二八日から支払済みまでは年一四・六パーセントの各割合による返済義務を負うことは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告が本件借受金債務を負担し、右返済義務を負うものかどうかについて、検討を進める。

(一)  被告が本件借受金債務につき重畳的債務引受をしたことを明示的に証する証拠はない。

しかし、前記争いのない事実に証拠(甲一、二、六ないし八、九の1ないし3、一〇ないし一七、証人三宅宗夫、甲野一郎)によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告の設立は、経営が極度に悪化し、本件借受金債務についても利息さえ支払えない状態に陥っていた大英管が会社再建のために採った窮余の方策である。すなわち、同会社は当初他社との合併協議を重ねていたが、それが最終的に頓挫した段階で、右新会社の設立方法が採られたものである。

(2) 新会社たる被告は、大英管と同一の事業目的を掲げ、本店所在地を同会社と同一場所とし、その社屋、設備、従業員及び役員(同会社の代表者甲野が被告の取締役会長に、同監査役が代表取締役に就任している等)、取引先等の営業資産をそっくり引き継いで設立されたものである。

右設立当時、大英管は原告との間で本件借受金債務の返済方法について協議を重ねる一方で、新会社設立の手続を進めていたものであるが、この間、合併による会社再建の方策を検討していることは原告に明らかにしていたものの、新会社設立の手続を進めていることは明確にはしておらず、殊にその設立形態が積極財産のみを承継し、右借受金債務等大英管が当時負担していた債務は一切これを新会社において引き受けないなどという意図は全く秘匿していた。

(3) 被告はその設立に合わせて、取引先その他の関係者に会社設立の挨拶状(以下「本件挨拶状」という)を送付しているところ、右挨拶状の文面は、

「株式会社大英管工事として一七年間お引立てをいただいておりましたが、この度、建設機材の大手メーカーであります日綜産業株式会社との提携により設備配管部門を独立させ、日綜大英ステンレス配管株式会社を設立する運びとなりました。

これを機に、増加いたしますステンレス配管に一層特化し、より高品質・低価格の工事を提供させていただく所存でございます。新会社の社屋・設備・スタッフは株式会社大英管工事より引き継いで運営いたします。

ここに、株式会社大英管工事に賜りました長年のお引立てご愛顧を心より感謝申し上げますと共に、日綜大英ステンレス配管株式会社に倍旧のご支援お引立てを賜りますようお願い申し上げます。」

というものである。

(4) 原告は本件挨拶状の送付を受けて、被告の設立を明確に知った。しかし、本件借受金債務の履行問題については、合併計画が進められていたことや、右借受金債務の支払方法について協議が行われていたこと等の経緯から、原告は右挨拶状の文面を見て、当然に右借受金債務を被告が承継するものと理解した。更に、右設立を知った原告が右借受金債務の弁済方法について被告の代表者に問い合わせたところ、右債務を承継していないことの指摘はなく、弁済についての話しが交わされた。

(5) 大英管の代表者であった甲野は、被告の設立当時、新会社が本件借受金債務を引き受けるものとの認識を有していた旨述べている。

(二)  右認定事実に基づき考察するのに、まず、被告の設立は大英管からの営業譲渡を伴うものであることが明らかであるところ、本件のごとく新会社が別商号を用いる場合であっても、譲渡人の営業により生じた債務を引き受ける旨を広告したときは、債権者はその譲受人に対しても弁済の請求をすることができる(商法二八条)。

すると、被告は設立とともに本件挨拶状を原告ほかの取引関係者に送付しているところ、右挨拶状の文面には債務を引き受ける旨の文言こそないものの、被告は大英管の設備配管部門を独立させたものであること及び人的・物的設備を承継し、同会社の事業を承継するものであることが記載されており、かかる文面に照らすと、右挨拶状は通常の債権者の理解からは債務引受の趣旨を含むものと解するのが合理的というベきである(最高裁判所昭和二九年一〇月七日第一小法廷判決・民集八巻一〇号一七九五頁参照)。そして、右挨拶状が広く取引関係者に配付されたことを併せ考えると、被告は正に前記法条にいう債務引受の広告をしたものというべきである。

右のとおりであるから、被告は商法二八条に基づき又はその類推により、本件借受金債務の支払義務を負うものというべきである。

(三)  また、仮に、右の点をしばらく置いて検討してみても、前記認定によれば、被告が大英管の債務を除くすべての営業資産一切を引き継ぐ形で設立された結果、大英管自身は営業活動の継続が不可能な状態に陥る一方で、債務のみを保有する会社となり、営業活動による債務返済能力を完全に喪失したものである。このため、原告は大英管から満足的な債権回収を図ることは不可能となり(不十分ながら担保権の実行により債権の一部を回収することはできるが、右債権回収の限度で原告が満足しなければならない合理的理由は見い出せない)、他方、被告が大英管から営業資産をそっくり承継しているにもかかわらず、被告に対しては何らの法的権利も有しない状況に置かれたことになり、結局、右不足分の回収は不可能となる。しかも、大英管は原告との間で本件借受金債務の返済方法について協議を重ねる一方で、密かに、詐害行為に該当することが明らかな営業譲渡行為に及んだものであることにほかならず、その背信性には著しいものがあるといわなければならない。

すると、被告は、大英管とは別個独立の法人格として有効に設立されたものであると主張し、また、他方で前記のとおり債権者である原告にしてみれば当然に本件借受金債務を承継したものと解釈される本件挨拶状を送付している以上、本件借受金債務について無責を強弁することは取引上の信義則に著しく違背し、あるいは公序良俗に反するものとして到底許されないものというべきである。前記認定の設立の経緯、形態に照らし、被告は大英管からの営業譲受とともに、右債務についても少なくとも大英管と重畳的にこれを引き受けることを承諾したものと解するのが信義公平に叶うものというべきである。

(四)  以上のとおりであり、いずれにしても被告は大英管と共に本件借受金債務の返済義務を負うものであり、前記1と同額の金員の支払義務があるというべきである。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村 啓)

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